練習しているのに記録が伸びない?ランナーが知っておくべき鉄不足の科学
- 佐原 和真
- 3 日前
- 読了時間: 5分
その不調、鉄不足が原因かも?
「しっかり練習しているのにタイムが伸びない」
「後半になると急激にペースが落ちる」 「疲れが慢性的に抜けない」
こうした症状に心当たりがあれば、練習量やエネルギー補給だけでなく鉄の状態も疑ってください。
厄介なのは血液検査・健診で「貧血なし」と言われていても、パフォーマンスが落ちる時があることです。今回はランナーに特有の鉄不足のメカニズムと、今日から使える食事の基本を論文ベースで解説します。
1. ランナーは鉄を失いやすい
鉄不足はランナーにとって避けなければならない問題です。
一般女性の鉄欠乏有病率が20〜30%程度であるのに対し、女性ランナーでは30〜50%以上に達するという報告があります(1)。
なぜこれほどリスクが高いのか?それはランナー特有の鉄を失う経路が4つもあるからです。
① 発汗:汗には鉄が約0.3〜0.4 mg/L含まれるため、練習頻度・発汗量が高いほど損失は大きくなります。
② 足底衝撃による溶血:着地の衝撃で赤血球が破壊される「フットストライク溶血(足底溶血)」はランナー特有のリスク要因です。
③ 消化管出血:長距離走行中の消化管への血流低下による腸での微小出血。自覚症状がほぼないため把握が難しい問題です。
④ 月経(女性):1度の月経で約15〜30 mgもの鉄を失います。女性ランナーのリスクが高い理由がここにあります。
(2)
これらが複合的に作用するため、ランナーはより貧血になりやすいのです。
2. 「貧血なし ≠ 問題なし」
健診でヘモグロビン(Hb)が正常でも安心できません! それは貧血には「段階的な進行」が理由にあります。
ステージ | 状態 | 変化する指標 |
Stage 1 | 貯蔵鉄の枯渇 | フェリチン低下 |
Stage 2 | 機能鉄の不足=隠れ貧血 | 血清鉄・トランスフェリン飽和度の低下 |
Stage 3 | 鉄欠乏性貧血=いわゆる貧血 | ヘモグロビン低下 |
多くの健診はStage 3のHbの数値でしか評価しません。しかしパフォーマンスへの影響はStage 1から始まっています(3)。
フェリチンの目標値
判定 | フェリチン値 |
枯渇(要介入) | < 12 ng/mL |
不足(要注意) | 12〜30 ng/mL |
アスリート目標 | > 35〜40 ng/mL |
(4)
そこで、ランナーの方は血液検査で「フェリチン」を追加で受けることを勧めています。
3. 鉄吸収を左右する「隠れたホルモン」
食事やサプリで鉄を摂っているのに改善しない場合、ヘプシジンが原因の一つになっていることがあります。
ヘプシジンは肝臓が分泌するホルモンで、腸での鉄吸収を制御する「門番」のような役割を持ちます。このホルモンの分泌量が高い状態では、鉄吸収が大きく抑制されてしまいます(5)。
高負荷運動後にヘプシジンは急上昇する
高負荷運動によって炎症物質のIL-6が放出されると、これがヘプシジン分泌を刺激します。運動後3〜6時間でヘプシジンがピークに達し、その間の鉄吸収効率が著しく低下してしまいます(6)。

タイミングによる違いは以下の通りです。
❌ 練習直後の鉄摂取
✅ 朝食時(起床後)
✅ 運動2〜3時間前
これまでポイント練習後すぐに鉄分サプリを飲まれていたら、それはあまり効果を成していなかったかもしれません。
4. 何を・どれくらい摂るか
ランニングによる損失増やヘプシジン分泌による吸収抑制のため、ランナーは一般の方よりも必要量は大きく増やす必要があります。男性よりも女性、走行距離が多くなるほど、鉄分の摂取量は多くするようにしましょう。
対象 | 推奨量(/日) |
一般女性(月経あり) | 10.5 mg |
女性アスリート(推定) | 16〜18 mg以上 |
(8,9)
効率よく鉄を摂れる食材
食材 | 1回量 | 摂れる鉄 |
あさり(水煮缶) | 30 g | 約8.9 mg |
豚レバー | 50 g | 約6.5 mg |
鶏レバー | 50 g | 約4.5 mg |
牛赤身肉 | 100 g | 約2.7 mg |
厚揚げ | 150 g | 約3.9 mg |
小松菜 | 80 g | 約2.2 mg |
(10)
あさりの水煮缶は1回30gで約9mgと効率が抜群です。味噌汁やスープ、パスタに使うのがオススメです。
組み合わせで吸収率は変わる
上げる組み合わせ: 非ヘム鉄×ビタミンC、非ヘム鉄×ヘム鉄(MFP因子)
下げる組み合わせ: 鉄×タンニン(コーヒー・緑茶)、鉄×カルシウム(大量の乳製品)
食事中のコーヒーは吸収率を大きく低下させてしまいます。食後1時間以上あけるだけで改善できます(7)。
今日からできる貧血対策のための3つのアクション
① フェリチンを含む血液検査を受ける:Hbだけでなくフェリチンのチェックを。目標は35〜40 ng/mL以上。
② 朝食に鉄食材を1つ入れる:あさりの水煮缶・小松菜・厚揚げなど。ヘプシジンが低い朝が最も効率的。
③ 食事中はコーヒー・緑茶を控える:食後1時間空けましょう。
【参考文献】
Sinclair LM, Hinton PS. (2005). J Am Diet Assoc, 105(6), 975–978.
Peeling P, et al. (2008). Eur J Appl Physiol, 102(4), 391–400.
Burden RJ, et al. (2015). Br J Sports Med, 49(19), 1389–1397.
Sim M, et al. (2019). Eur J Sport Sci, 19(10), 1310–1320.
Ganz T. (2013). Physiol Rev, 93(4), 1721–1741.
Peeling P, et al. (2014). Int J Sport Nutr Exerc Metab, 24(1), 98–109.
Morck TA, et al. (1983). Am J Clin Nutr, 37(3), 416–420.
Coates A, et al. (2021). Int J Sport Nutr Exerc Metab, 31(3), 175–186.
厚生労働省(2020). 日本人の食事摂取基準(2020年版).
文部科学省(2020). 日本食品標準成分表2020年版(八訂).
セミナーアーカイブ動画について
本記事は2026年2月 オンラインセミナー「ランナーのための貧血・鉄不足対策」の内容を一部抜粋したものです。セミナーではヘプシジンの変動グラフ・フェリチン基準値・サプリの種類別比較・食事戦略の詳細など、ブログでは書ききれなかった内容を図解でわかりやすく解説しています。