暑熱順化でランナーの糖質の"燃え方"が変わる!?
- 佐原 和真
- 7月6日
- 読了時間: 7分
暑熱順化というと「体温が下がる」「汗をかきやすくなる」といった話が中心になりがちですが、2025年にXu らが発表した研究では、もう一歩踏み込んで「糖質代謝そのものが変わる」ことを示しました(1)。この記事では、その研究をピックアップし、研究デザイン・結果・数字の読み方・現場への示唆まで、順を追って解説します。
■この研究は何を調べたのか
対象は、中国の中長距離トレーニングランナー18名(男性)。年齢は16〜22歳で、両群とも平均17.6歳でした(1)。無作為に2グループへ分けられ、4週間の介入が行われました。
・C(Control)群(9名):常温環境(WBGT 23〜27℃、目標深部体温37.5〜38.5℃)で通常のトレーニングを継続
・HA(Heat Acclimation)群(9名):暑熱環境(WBGT 30〜36℃、目標深部体温39〜40℃)で運動し、目標深部体温に達するよう強度を調整。
それぞれ運動1回60分、週5回、4週間で計20回実施
対象者は「直近3ヶ月以内に暑熱順化を経験したことがある」ランナーに限定されています。つまりC群も含めて全員がまったくの暑熱未経験というわけではなく、この点は結果を見る上で頭に入れておきたいポイントです。
介入前後で、暑熱環境下(WBGT 30〜32℃)でのトレッドミル漸増負荷テストと、65%・75%・85%VO₂max強度でのランニングエコノミーテストを実施し、深部体温・換気性閾値(VT1・VT2)・糖質酸化量・血中乳酸・血液指標などを比較しています。

■結果①:糖質の"使われ方"が変わった。ただし強度依存的に
4週間のHA後、以下の変化が確認されました。
・深部体温(漸増負荷テスト後):HA群で有意に低下(38.2℃ vs 38.6℃、p=0.045)。低下幅は約0.4℃
・発汗量:約21%増加
・VT1でのVO₂・走速度:ともに有意に向上(VO₂は4%程度)
・VT2でのVO₂:有意に向上(3.7%程度)
・VO₂max自体:有意差なし(p=0.08)。著者らは、対象がすでに高い有酸素能力を持つトレーニングランナーであり、VO₂maxの"天井"に近かった可能性を考察しています
・血中乳酸:漸増負荷テスト後半(9分時点)でHA群が有意に低値(6.7 vs 7.8 mmol/L、p=0.01)。乳酸クリアランス率も5分・9分時点で有意に向上
そして本題の糖質酸化量です。ランニングエコノミーテスト(65%・75%・85%VO₂max)で見ると、
・65%VO₂max:有意差なし(p=0.96)
・75%VO₂max:約19%減少(2.5 vs 3.1 g/min、p=0.01)
・85%VO₂max:約15%減少(3.4 vs 4.0 g/min、p=0.02)
という結果でした。つまり効果は一様ではなく、中強度(65%)では変わらず、高強度(75%・85%)でのみ糖質酸化が抑えられる、という強度依存的なパターンが見えてきます。これは「最大脂質酸化速度はおおよそ60〜65%VO₂max付近にある」という一般的な知見とも一致し、糖質依存が強くなる高強度域で暑熱順化の効果がより顕著に表れたと解釈できます。

あわせて、75%・85%VO₂maxでは同じ相対強度を走るのに必要な酸素摂取量(VO₂)とエネルギー消費量(EE)自体も減少していました(例:75%で VO₂ 45.3 vs 48.4 mL/min/kg、p=0.01/EE 11.3 vs 12.2 kcal/min、p=0.001)。ランニングエコノミーそのものが改善していた可能性がある、というのも見逃せないポイントです。
もともと中〜高強度運動では糖質(筋グリコーゲン)が主なエネルギー源になり、80%VO₂maxを超えるような高強度域では、エネルギーの8割超が筋グリコーゲン由来になることが知られています(2)。今回の結果は、暑熱順化によってこの「糖質への依存度」が高強度域で緩和される方向に働いたことを示しています。著者らはこれを、筋グリコーゲンをより効率的に使えるようになった状態、と解釈しています。
■結果②:血液指標にも変化が。しかも「速く動く指標」と「遅く動く指標」がある
この研究のもう一つの見どころは、4週間の介入中(開始時・2週間後・4週間後)に血液サンプルを採取し、血漿量・ヘモグロビン・EPO(エリスロポエチン)・テストステロンの推移を追っている点です(1)。
4週間後の最終比較では、いずれもHA群で有意な増加が見られました(著者らが考察で示している変化率)。
・発汗量:約21%増加
・血漿量:約4%増加(2,425.9 vs 2,328.4 mL、p=0.001)
・ヘモグロビン:約2%増加(143.7 vs 140.2 g/L、p=0.0002)
・EPO:約13%増加(80.2 vs 70.6 pg/mL、p=0.004)
・テストステロン:653.1 vs 551 ng/dL(p=0.001、有意に増加)
ここで興味深いのが、指標によって反応の速さが違うという点です。介入2週間(10回)時点の中間評価では、血漿量とヘモグロビンはすでに有意差が出ていた一方、テストステロンとEPOはまだ有意差が出ていませんでした。
・血漿量・ヘモグロビンの増加 → 比較的早い段階(2週間程度)から動き始める
・テストステロン・EPO・糖質酸化の変化 → 4週間かけてようやく有意差として現れる
という、2段階のタイムラインが見えてきます。著者らも、先行研究で2週間のHAではEPOの適応が見られなかったという報告(Karlsen et al., 2015)に触れながら、この結果と整合的だと述べています。

■数字を読むときに押さえておきたいこと
ここは実践に落とし込む前に、必ず確認しておきたいポイントです。
対象者の特性
今回の対象は16〜22歳(平均17.6歳)の、高校生〜ジュニア年代の中長距離ランナーです。成長期特有のホルモン応答や、トレーニング歴の浅さが結果に影響している可能性があり、そのまま成人の市民ランナーやマスターズランナーに当てはめてよいかは、慎重に見る必要があります。
対象者は「暑熱順化未経験」ではない
参加者は全員、直近3ヶ月以内に暑熱順化を経験済みという条件で選ばれています。完全に暑熱に慣れていない状態からの変化を見た研究ではない、という点は解釈上重要です。
サンプルサイズ
各群9名という小規模な研究です。統計的に有意差は出ていますが、個人差の大きい生理指標(糖質酸化量など)を扱う研究としては、追試による再現性の確認が待たれる段階といえます。
測定方法の限界
糖質酸化量は、呼気ガス分析(間接カロリメトリー)から計算された推定値であり、筋グリコーゲンそのものを直接測定したものではありません。著者ら自身もこの点を研究の限界として明記しています。「筋グリコーゲン利用効率が上がった」という解釈は、あくまで呼気データから導かれた推論である点は押さえておきたいところです。また、深部体温もウェアラブルセンサー(体表面からの推定)による測定であり、高強度運動中の精度には限界があると著者らも述べています。
代謝面の適応は「時間がかかる」ことについて
この研究自体のデータでも血漿量・ヘモグロビンは2週間で先に反応し、テストステロン・EPO・糖質酸化の変化は4週間かけてようやく確認される、という違いが見られました。背景説明でも先行研究(Patterson et al., 2004)を引用し「代謝面の適応は14日時点でもまだ不完全」という知見が触れられています。この「14日で不完全」という部分はXu et al.(2025)自身の実験結果ではなく、あくまで同論文が先行研究を引いて述べている背景知識です。とはいえ、今回の研究の実測データ(2週間 vs 4週間の比較)も、方向性としては同じ「代謝・内分泌系の適応は体液系より遅れる」という見立てを裏付ける内容になっています。
■現場への示唆:どう活用すべきか?
この研究は、暑いレースに向けた準備に新しい視点を与えてくれます。
「汗をかくだけ」が目的ではない: 暑熱順化は、筋肉が使うエネルギー源を「節約モード(糖質利用の抑制)」に切り替えるプロセスでもあります。
短期集中よりも「継続」: 体温調節能力は1〜2週間で向上しますが、エネルギー代謝の最適化まで狙うなら、3〜4週間のスパンで計画を立てるのが理想的かもしれません。
深部体温の意識: 単に暑い場所にいるだけでなく、安全を確保しつつ、一定以上の深部体温(研究では39℃以上)に達する負荷が必要である可能性があります。
■まとめ

Xu et al. (2025)の研究は、4週間の暑熱順化が糖質酸化を75%VO₂maxで19%、85%VO₂max15%抑え、深部体温を約0.4℃低下させることを示しました。これにより、エネルギー消費効率が改善し、暑熱下での持久力が向上します。
「暑さ対策」を単なる体調管理としてではなく、「エネルギー代謝のトレーニング」として捉え直すことで、夏のレース戦略はもっと進化するかもしれません。
一方で、対象がジュニア年代・小規模サンプルであること、参加者が暑熱順化未経験ではないこと、糖質酸化量が推定値であることは、結果を解釈する上で押さえておくべき限界です。
参考文献
(1)Xu Y, Ye C, Ma S, Gao B. Four-week heat acclimation lowers carbohydrate oxidation of trained runners during submaximal exercise in the heat. Front Physiol. 2025;16:1581594. https://doi.org/10.3389/fphys.2025.1581594
(2)Hargreaves M, Spriet LL. Skeletal muscle energy metabolism during exercise. Nat Metab. 2020;2(9):817–828. https://doi.org/10.1038/s42255-020-0251-4


